マルチノッチ細胞
宮本 大祐、村山 正宜
国立研究開発法人理化学研究所 脳神経科学研究センター
DOI:10.14931/bsd.4910 原稿受付日:2014年4月10日 原稿完成日:2019年11月16日
担当編集委員:渡辺 雅彦 (北海道大学大学院医学研究院 解剖学分野 解剖発生学教室)
英語名: Martinotti Cells 独:Martinotti-Zelle 仏:cellules de Martinotti
マルチノッチ細胞は大脳皮質の第II層―第VI層に細胞体を有するGABA作動性の介在ニューロンの一種である。マルチノッチ細胞の軸索の主な投射先は第I層及び第IV層で、主に錐体細胞の樹状突起活動を抑制している。大脳皮質の局所神経回路において、層を跨ぐ (translaminar) 情報連絡に重要な役割を果たす。
歴史
マルチノッチ細胞は19世紀末にイタリアの神経形態学者ゴルジ (Camillo Golgi) の弟子であるマルチノッチ (Carlo Martinotti) により発見された[1]。しかし、近年まで定義は統一されていなかった。2013年、42名の介在ニューロンの専門家が、新たな介在ニューロンの分類法を提唱している[2]。これによると、マルチノッチ細胞は数ある介在ニューロン種の中でシャンデリア細胞に次いで高く、専門家間で一致して識別される。
形態
特徴
以下のような形態学的特徴を有する(図1)。
- 大脳皮質の第II層-第VI層に細胞体を有する。
- 双極 (bipolar) ないし双房 (bitufted) の樹状突起を有する。
- 樹状突起の広がり (dendritic arbor) と軸索の投射 (axonal arbor) の中心点が離れている。
- 軸索が層を跨いで投射する。
- 軸索投射を主に浅層に向けている。
- 軸索投射を細胞体付近及び、浅層側に離れた位置の2箇所おいて形成する。
大脳皮質の深層になるほど、全介在ニューロン数に対するマルチノッチ細胞数の比が高くなる。第II/III層においては、バスケット細胞が最も多いが、第VI層においては、マルチノッチ細胞が最も多い[4]。
投射
第II/III層のマルチノッチ細胞は主に第I層に投射し、第II/III層への投射は少ない。
第IV層のマルチノッチ細胞は主に第IV層に投射し第I層への投射は少ない。
第V層及び第VI層のマルチノッチ細胞は主に第IV層及び第I層に投射し、各細胞の細胞体が位置する層への投射は少ない[3]。
分子発現
ソマトスタチン、血管作動性腸管ペプチド (vasoactive intestinal peptide) といった神経ペプチドを発現する。ソマトスタチン細胞のみにGFPを発現させるGIN (GFP-expressing inhibitory neurons) トランスジェニックマウスのラインにおいて、マルチノッチ細胞はGFP陽性細胞の約80%を占める[5]。ソマトスタチンをマーカーとして利用することにより、マルチノッチ細胞の効率的な探索が可能となる。マルチノッチ細胞の中には、カルビンディン (calbindin)、カルレチニン (calretinin) といったカルシウム結合タンパク質、神経ペプチドYやコレシストキニン (cholecystokinin) を共発現する細胞も存在する[3]。
生理機能
電気生理学的特性
マルチノッチ細胞の多くは、細胞体に脱分極性電流を与えると、スパイク頻度順応 (spike frequency adaptation) を示す[3]。バースト発火しないregular spiking細胞(RS細胞)とバースト発火するburst spiking細胞(BS細胞)の両方がある[6]。
第V層に細胞体を有するマルチノッチ細胞は、発火活動の閾値が低く、シナプス入力が無くても周期的に発火する[7]。そのため、大脳皮質が自発的に生じるオシレーションのペースメーカー細胞の一つとなると考えられている。
局所神経回路における役割
第Ⅴ層のマルチノッチ細胞は、同じく第Ⅴ層錐体細胞から興奮性入力を受けて活性化する。そしてGABA作動性の介在ニューロンであるマルチノッチ細胞は近傍の錐体細胞の遠位樹状突起における活動を抑制する。この2つのシナプスを介した抑制様式を2シナプス性抑制 (disynaptic inhibition) と呼ぶ(図2)錐体細胞の細胞体に連続発火を引き起こす樹状突起スパイクも2シナプス性抑制を介して抑制される[8]。
この錐体細胞-マルチノッチ細胞間のフィードバック抑制の役割として、大脳皮質が異常興奮した際における皮質活動の正常化が考えられる[9]。また、生きたマウスの感覚野第V層錐体細胞の遠位樹状突起から活動を記録した研究において、後肢への刺激強度(入力)と樹状突起活動(出力)との間に正比例の入出力関係が報告されている。この入出力関係はマルチノッチ細胞の活動により維持されている事が明らかになっている[8]。
一つのマルチノッチ細胞による抑制は弱いが、錐体細胞に複数のマルチノッチ細胞の入力が収束すると超加算される[9] [10]。そのため、マルチノッチ細胞は同期して活動すると、局所神経回路に与える影響が著しくなる。錐体細胞のある集団が同期して活動し、多くのマルチノッチ細胞が活動すると、その活動が異なる集団を強力に抑制すると考えられる[11]。マルチノッチ細胞によるこのような回路抑制は、大脳皮質の興奮における、手に負えない興奮 (runaway excitation) を防ぐと考えられている。
関連項目
参考文献
- ↑
Scarani, P., Neroni, S., Giangaspero, F., Orcioni, G.F., & Eusebi, V. (1996).
[Carlo Martinotti: the real discoverer of Martinotti's cells]. Carlo Martinotti: l'autentico scopritore delle cellule del Martinotti. Pathologica, 88(6), 506-10. [PubMed:9206778] [WorldCat] - ↑
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